
たまには子ども絡みの写真でも・・・。
今日の写真はどれも秋の初めに撮ったモノ。
1年生の長男坊は、去年までは高いところが大の苦手で、
こんな綱の遊具はおろか、びくともしない頑丈な橋だって歩けませんでした。
1年生になって、新しいことをたくさん学んで、
いつの間にかたくましく成長している息子。
――経験することは人を育てる

この間参加した研修会で、
「現代の社会は、子どもたちから感情を経験させる機会を奪っている」
という話を聞きました。
なるほど。
今の社会はとかく『痛み』を経験することを事前に防ごうとしてることに気がつきました。
―転んでも痛くないように敷かれたマット
―怪我をしないようにキッチリと整備された公園・・・
痛みを知らない子どもは、危険を予知する能力も、
自分の身に危険が降りかかったときの防御方法も
痛みに耐える強さも知らないで育っていく。
周りの大人が「痛かったね。もう大丈夫。」と自分に向けてくれる愛情の深さは、
痛みや辛さを感じることで、倍に膨れ上がるものなのだと思いました。
そんな感情経験が薄くなった現代で子育てをしている大人たちは、
子どもに危険が降りかかったとき、
遊具や道具のせいにし、それを管理製造するものに責任を押し付けています。
そして『転ばぬ先の杖』とばかりに、事故を防ぐ過剰な措置を講じます。
こんなニュースを聞くたびに、
「大人が注意していてやれば、防げたことではないのか」と、思わずにはいられません。
大人もまた、子どもが感情経験できないほど安全な環境の中で油断し、
周囲に対する警戒心を失っているのかもしれません。

我が家はダンナより私の方が、子どもから離れて見守ることが多いです。
私が保育士をしていたことで、子育てを客観的に見ているところもあるのかもしれません。
いつもいつも手をつないでいることが、子どものためになるとは思いません。
転んでも、できるだけ自分の足で立って、
私のところまで涙で顔をグシャグシャにしながら走ってくるのを待ってます。
「痛くないでしょ?」なんて絶対に言いません。
だって痛かったから泣いてるんですもん。
「痛かったね〜。ビックリしたね〜。もう大丈夫!!」
痛いと感じる経験から、子どもは注意することを知り、
痛くて辛かったときに、周りの大人が優しくしてくれたという記憶が残ります。
こういう経験や記憶は、その子にとって必ずプラスになり、
何かに向かっていく強さや、他人を受け入れる懐の深さを育てていくはずです。
ジャングルジムのてっぺんからど真ん中に落ちたこと。
ブランコで後ろにひっくり返ったこと。
お風呂で滑って後頭部を強打したこと。
自転車で田んぼに突っ込んだこと。
初めてのはさみで指を切ったこと。
川を飛び越えるの失敗してスネをぶつけて、
お母さんに怒られるのが怖くて自分で手当てしたこと。
親になった今、自分が小さい頃を思い出すと、
いろんな経験してるなぁ・・・。
最近の子で、「自転車で田んぼに突っ込む」って聞かないもんなぁ(笑)